化猫ヤス

アニメーション|2020

増田 優太

東京藝術大学大学院

ART DIVISION BRONZE

幼少期を共に過ごした猫のヤスをモチーフに制作。引っ越しを期に10年以上離れて暮らし、姿も見なかったが、人伝に生きていると知ったその時、彼が過ごした10年と僕が残した10年を思った。記憶の中でキャラクター化された猫。流れゆく時間を表現する為、軽快なリズムで生涯を語る。記憶の中で変質し、歪な魂を持った猫のヤス。キャラクター、作家、観客、多様な視点で彼を観察できるよう、様々な素材でアニメーションを制作した。

審査員コメント

  • ともかく表現としてオリジナリティに溢れ、パワフルで簡潔なところが良いと思いました。ある猫の半生が、猥雑な画と共にテンポ良くハードボイルドに語られるのですが、連綿と続くであろう生命の力強さというものを強く感じさせられました。

    大塚 康弘 ディレクター/株式会社デジタル・フロンティア
  • 奇妙な生命力の満ちた作品で、どうしても素通りできなかった。日々の暮らしの繰り返しで手垢がつき、徐々に肉体が古びていく様相が的確に表現され、あっけらかんとした生死のあり方が感じが表象されている。これまでリサーチしてきた死生観を取り扱った作品のなかでも最もリアルで説教臭くない作品で、一体どういう人生を送ったら若くしてこんなに達観できるのかと作家の方に強い興味が湧いた。

    市原 えつこ メディアアーティスト/妄想インベンター
  • やさぐれた猫のモノローグから始まるアニメーション。子供の頃に一緒に過ごした作者の猫のヤスへの様々な想いが作品から感じられる。作者自身がヤスになりきって声のアフレコを行い、キャラクター化して手書きアニメーションにより活きいきと描かれているパートもあれば、時には単純化した粘土のコマドリの手法を用いて猫を動物的に表現していたりと、ヤスに対しての作者の複雑な感情と距離感が見え隠れする。後半パートの作者の知らない想像によるヤスの10年は、小さなフレームの中でビビッドな色彩で悲しい物語として描かれ、最後にたまに自分(坊主)を思い出しているーーというセリフからは、ヤスへの愛情が感じられた。最後のモノクロームの画面の粘土のヤスは、家に残された最後の姿であろうか。そこからキャラクター化したヤスが、タバコを吸いながら無言でフレームの外へ歩き出していく。作者と同じようにこの作品を見た観客の心の中で、化け猫となったヤスはやさぐれながら今後も生き続けていくだろう。

    村上 寛光 アニメーションディレクター/プロデューサー/株式会社フリッカ代表