Cascade

パフォーマンス|2018

中路 景暁

情報科学芸術大学院大学

機械装置との間でボールのやり取りを行うメディアパフォーマンス作品。 ボールを3つ用いジャグリングのような行為を工場の生産装置にも見える機械装置と行うことで、人と機械の関係性を様々な形で提示する。 作品タイトルのCascadeとは人工的な滝を意味する用語でもあり、ジャグリングにおいては左右に8の字の軌道を描く基礎的な技の名前でもある。 機械装置の2本のアームがボールを中央へ運び左右どちらかのレールに振り分けを行う。人はレールに乗って運ばれてきたボールをアームに戻すことで1つのサイクルを完了させる。機械装置でありながら完全なオートメーションシステムでなく人が介入する不完全さを残している。 機械との単純なボールのやり取りは人が機械に支配されているようでありながらそこにはどこかコメディチックなおかしさがあり、機械が有機的にも見える。 コミュニケーション能力を持たない機械との間でどのようなやり取りが可能なのか、AIとの共存が叫ばれる現代において一方的に機械に合わせるだけのパフォーマンスを通して機械との関わり方を問う。

審査員コメント

  • 機械がボールをあっちに運ぶと、人間は慌ててそれをキャッチし、機械に戻す。すると今度は機械がこっちにボールを運び、人間はそれを落とすまいと必死で走りキャッチする。やがて、機械は新たな場所にボールを運び、それを予測出来ていなかった人間はボールを落とし、ついにはボールを追うことをやめてしまう。
    僕はこのパフォーマンスを少し冷めた目で見てしまった。ボールの落下という失敗はパフォーマンスとしては成功であり、つまりこの人はパフォーマンスの成功のためにわざと失敗をしている(失敗するように機械を設計している)ではないか、という視点が生まれてしまったためだ。
    映像をよく見てみると、一度だけ機械のミスによりボールが落ちており、そこが大変に興味深かった。
    人間(と機械)の、本当の失敗を見た気がしたからだ。
    あれ、もしかしたら、その失敗も設計によるものなのかな…。

    大山 慶 プロデューサー/株式会社カーフ代表取締役