空洞-私の肉、recyculation

映像|2018

今井 理子

武蔵野美術大学

ART DIVISION BRONZE

作者Webサイト http://t.co/mBFuQdZOCx

私はこの作品で人間にとって知覚出来ない存在を表現した。というのも知覚出来ない存在とは見ることも触れることも出来ない存在である。例え私達が「不可知の存在は私達の目の前にいる。」としてその存在に触れようとしてもその存在に触れることは決して出来ない。実感として残るのは握りしめた私達自身の手の感覚であり、身体の感覚である。この身体の感覚から私達は抜け出すことができず、この感覚は私達の知覚世界を形成する。 この知覚世界を円環に見立てたとき、知覚出来ない存在や領域はドーナツの穴として比喩される。私達は知覚出来ない存在をこのドーナツの穴としてしか認識することが出来ない。故に私達はこの円環世界から抜け出すことは出来ないのである。結果として私達が知覚出来ない存在に触れようとしても把握出来るのは自分自身の身体であり、起こるのは身体感覚の形成であり更新である。

審査員コメント

  • 作者は経験という”コト”の可視化を試みる。映像は、身体と、作者が思い描く経験世界とのシームレスな移行から始まり、詩と共にその世界を鑑賞する。映像はまだまだ粗削りではあるが、「想いを表出したい、しなくちゃいけない」という”足掻き”が感じられる。もっとこのテーマを突き詰めていってほしい、突き詰められると思った。「在る」表現(例えば「詩」、例えば「もの」、例えば「空間表現」)の利用から解放され、自らの関係性を築いていってほしいと思った。その先にある世界を見てみたい。その伸びしろと可能性を評価しました。

    藤木 淳 評価員