電車の音が、デデンデデンと聞こえる。

アニメーション|2016

若狭 洋佑

多摩美術大学

審査員コメント

  • 某美大の公開講評会で、アニメーションを制作した学生たちと長い立ち話をした。指導教官の皆様に大変失礼にあたることかもしれないし、当事者の学生たちには悪意のある質問として聞こえるかもしれないが、あえてアニメーション作家を多数輩出したことで有名な同学の他学科や某大学院アニメーション専攻を取り上げて、そこから出てくる作品についてどう思うのかと質問した。一人か二人かが答え、他の学生たちはうなづいた。では、なぜここでアニメーションを作りましたかと聞いた。今度はそれぞれの学生たちから、異なる内容の答が返ってきた。おそらくずっと前から、あの学生たちは制作中の自分に繰り返し問い続けたのではないだろうか。外国生活のなか、毎日のように自問することだが、私は「なぜいまここにいるのか」という質問から、「いまここでしかできないこととは何か」が見えてくるものだと信じている。そのような自覚がないものは必然的に弱い表現になるはずだとも。ここ数年、アニメーション、あるいはmoving imageは、ジャンル、専攻、技法を超えて、ある種、共通の表現言語になりつつある。これは、1970年代、多くの画家や彫刻家たちが「映像表現」に手掛けたこと、「映像を経由」して自分のメディウムに戻ったことにも類似している現象かもしれない。この作品は、デジタルで制作したアニメーションを、全て手書きで再構築し直して制作された。まだ習作と呼ぶべき完成度に止まっているがゆえに、アニメーションのコンペティションでは評価されない可能性の高いこの作品が、ノミネート作品リストに残ることには、いまここだからこそ意味があると思う。悪意のように聞こえるかもしれないこのコメントと、その背後にある期待に対して、いつかきっと複数の素敵な答えが返ってくるはず、という希望を、私はもっている。

    馬 定延(マ・ジョンヨン) メディアアート研究・批評