大学と社会のあいだ展

企画展|2015

森田 貴之

武蔵野美術大学

ART DIVISION BRONZE

この企画展はテーマや作風で縛った一般的意味のグループ展ではない。学生作品のいわゆる狭い視野と若者特有の肥大された自意識で自己完結している気持ち悪い感じを大学といういわば完結された世界から、社会まで誘導するのが今回の展示である。その未熟さを含めた展示行為の結果が「大学と社会のあいだ」である。○規制が大きくなるほど「芸術」は芸術から離れて行く夏に行われた横浜トリエンナーレのシンボルだったビンは審査を通ったものしか捨てる事が出来ない。国際展では規制が厳しいため、作品の広がりが縮小し、多様性を無くす事になっている。遠い国で映画のように撮られた残虐な映像をテーマに、もしも作品を作っても公開されることはないだろう。未熟な学生に残されている権利は自由なことである。美術の文脈に法って作品を制作しなくても良い。アートを方法論的に考えなくても良い。広告的にならなくて良い。自由…だからこそ境目を超える義務が私達にはある。どこからも抑制を受けない学生達がプロにできない作品を出すべきなのだ。◯名だけのグループ展今回の企画展では21人の学生作家が参加しているが、全くまとまりはない。なぜなら「社会と大学のあいだ」というテーマを元に、制作し、その展示の場に集まっただけだからだ。21人は円になることもなく、各々が違う方向を目指している。制限もなにもない環境の中で、社会という大きな問いで、独りよがりではない、応答する態度を「今」示したい。

審査員コメント

  • 学生による優秀なCG(computer graphics)作品を顕彰することで新しい世代の育成に寄与してきた学生CGコンテスト。CG作品のみならず、「企画展」が作品として応募されるようになった2015年にも、学校と社会のあいだで果たす役割というのは変わっていない。その21年の歴史のページに残すべき作品。

    馬 定延(マ・ジョンヨン) メディアアート研究・批評
  • 展覧会も一過性のイベントなので、実際に体験できる時間よりも、記録などのかたちで二次的に、事後的に体験できる時間の方が圧倒的に長い。記録のあり方をどのようなかたちで、どのように発信するか、そういった部分でも、作者が言う「学生の権利」であるところの「自由」が実践できる余地はあるはず。この作者の昨年のノミネート作品を見るに、展覧会という器の内側のことは十分にできるように思うので、「大学と社会のあいだ展2」があるとしたら、そこから派生するドキュメンテーションなど外側の部分についての探求も期待したい。

    渡邉 朋也 作家