カーゴカルト cargo cult

インスタレーション|2015

石毛 健太

多摩美術大学

太平洋戦争下に降り立った戦闘機とそれに乗ったアメリカ人をメラネシアの人々は神とした。以来、彼らは神を呼び戻すために草木を紡ぎ戦闘機と管制塔を模し軍用滑走路で着陸訓練もどきを繰り返し行った。孤島化した日本のメディア芸術の中で過去に日本に訪れたモダニズム絵画の模倣を作り続ける機械たちの様子を彼らに重ねた。草花たちのおかげなのかもしれない、人類が可視の状態から不可視で霊的なものへの途上にあること、一つの円も満足に描けない、まじめな人々は少しばかり腐乱死体の匂いがする、の連作からなるインスタレーション。

審査員コメント

  • 機械は人間と違って飽きたりはしないので、エネルギーを供給し続ければ、非人間的なタイムスケールに渡って活動を持続することができ、したがってその所産は膨大な量となる。生産のベクトルを絵画に向けてもそれは同じなのだが、その生産プロセスに鑑賞者の存在を措定するとなると、イメージのクオリティはもちろんのこと、その背後にある長大なタイムスケールと膨大な量をどのようにしてヒューマンスケールに落とし込むかがポイントになる。この作品では、機械による生産プロセスに、人や生き物の形代や、儀式的な空間を導入することで、鑑賞者と作品の上部にアルゴリズムや制御システムとは別の、超越的な存在を仮設している。これにより先に上げたポイントを上手くクリア出来ているように感じた。つまり、描き始めであっても、書き終わっても、その間であっても、上手く動いていなくても、敬虔で神秘的な礼拝として受け止められるような側面を持っている。

    渡邉 朋也 作家