CAMEO’n Me

映像|2015

宗 俊宏

武蔵野美術大学大学院

情報社会と言われる現代。家庭用キャメラやポータブル端末の普及により物心ついた時から映像が身の周りに溢れていた若者は沢山いると思います。私もそんな一人ですが、もしも現代に映像が存在しなかったのならどんな生き方をしていたのだろうと考えることがあります。本作ではそんな空想と、かつて田舎の片隅で映画ごっこをしていた私と親友との関係性を掛け合わせました。記憶(イメージ)と映像というのは限りなく似て非なるものですが、それでも私は映像に何かを求めてしまう瞬間があります。ビデオキャメラ片手に映画の真似事をしていたあの時、私は何を思い、感じ、映像を記録・記憶していたのか。その感覚を取り戻そうと10年ぶりにかつての親友をキャスト(亀男/CAMEO役)、そしてスタッフに迎え映画『CAMEO’n Me』は生まれました。

審査員コメント

  • 誰かを写真に撮る、映像に撮る。撮影したものを眺める、何度も。そうして眺めているうちに都合の良いイメージを付け加え、塗り固めていく。被写体が生きているにも関わらず、このように追憶の彼方へと追いやってしまうことを、昔の人は「魂が抜かれる」と言ったのではないか。ビデオカメラというのはかつては貴重な装置だったが、徐々にそうではなくなり、いまや紙や鉛筆のような普遍的な存在になりつつある。そこでは、何をどう撮るか、撮ったものをどう見せるかという意識も希薄になっているし、ましてや、他者を追憶へ追いやることへの呵責を感じる者などほとんど存在しないだろう。そして、膨大に生み出される記録物。それに記録物に触れるたびに現在が削られ、そして未来が少しずつ縮んでいくという客観的事実を自分たちはどれくらい意識できているだろうか。この作品は、いま映像を撮ること、映像を見ることの意味という壮大な問題に立ち向かっているように感じた。

    渡邉 朋也 作家