理解できないことを理解する

映像|2014

橋本 祥吾

東京藝術大学大学院

審査員コメント

  • 怖い作品だ。インタビュイーと撮影者は同じ人間たちであるはずなのに、違う次元に存在しているように思えてしまうから。だから、いくら彼らが自分の内面を話したところで、カメラのこちら側にその実存は届かない。理解しようと試みて考えすぎた挙句に、ゲシュタルト崩壊が起こってしまって、人間の映像ではなく、人間のようなかたちをした染みの映像に見えるようになってしまったかのようだ。この作品が本当に恐ろしいのは、人間が単なる映像の素材として認識されてしまうその理解の仕方が、とてもしっくりきてしまうということである。

    土居 伸彰 アニメーション研究・評論
  • 切り刻まれた映像のなかで話す「他人」が微笑む度に、「人」の気持ちを理解することなど不可能だという絶望感で私の表情は歪んでしまった。「他の人」がこの作品を見て怒りを感じるのは十分理解できるが、私はどっちらかといえば悲しくて息が苦しくなった。映像とは何かを伝えるものだという期待を無残についえる編集の暴力は、「他人」に対する無関心と無理解という日常的暴力に比べると、実は何でもないかもしれないから。作者自身も含め、何かを表現しようとする「人」は、このような「他者」の暴力に自分をさらしださなければならない。この事実以外には何の根拠もないけど、それでも信じたいと、切実に思った。理解できないということを理解するためではなく、理解できないことを理解するということを理解するために、作者が作り続けているのだと。

    馬 定延(マ・ジョンヨン) メディアアート研究・批評