めがでてふくらんで

アニメーション|2014

薄羽 涼彌

東京藝術大学大学院

審査員コメント

  • CGの意味がCampus Geniusになった後にも、Computer GraphicsとしてのCG分野の新しい才能を発掘していくことは、このコンテストの変わらない社会的役割だと思います。現在の制作環境に対する作者の意識に重点を置いて作品を見る時、この作品は学生CGコンテスト20周年に出会えた、めでたい1作でした。特定作家の3Dモデルとモーション・キャプチャー・データセットを意図的に「引用」し、固有な想像力の秩序を持っている世界のなかで展開させていく、この作品を鑑賞するには言葉はいらないので、ボリュームを上げてください。作者はCGアニメーションを個人で作れる状況にワクワクしていると言いましたが、私は作者の才能にめがでてふくらんでいくことが楽しみでワクワクしています。

    馬 定延(マ・ジョンヨン) メディアアート研究・批評
  • カメラがまだ高価で珍しかった頃は、写真を撮影されることは特別な機会であり、それが人生の節目と連動していた。だから、着飾ったり、化粧をしたり、何らかの形式を導入することで格調を作り出していたわけだ。今となってはいまいちピンと来ない話ではあるが。3DCGは、コンピューターの性能の向上に伴い、ますます高度なリアリティを獲得するようになっている。このことは、高度なリアリティさえ追求しなければ、レンダリングに大した時間をかけなくてもそれなりの3DCGをつくれるようになったことを意味する。この調子で作業コストの圧縮が進んでいけば、3DCGの周辺にある形式を破壊していくだろう。シュルレアリスムに影響を与えた詩人・ロートレアモンの言葉に「解剖台の上での、ミシンと雨傘との偶発的な出会いのように美しい」というものがある。私たちが暗黙のうちに従属している形式の外部には、こういう美しい出会いの可能性がまだまだ存在している。この作品は、そういう可能性に積極的にアプローチしていこうとする野心的な作品だと思う。

    渡邉 朋也 作家